Title: 殉情詩集 (Junjo Shishu)
Author: 佐藤春夫 (Haruo Sato)
Language: Japanese
Character set encoding: UTF-8
Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka.
殉情詩集
殉情詩集自序
われ幼少より詩歌を愛誦し、自ら始めてこれが作を試みしは十六歲の時なりしと覺ゆ。いま早くも十五年の昔とはなりぬ。爾來、公にするを得たるわが試作おほよそ百章はありぬべし。その一半は抒情詩にして、一半は當時のわが一面を表はして社會問題に對する傾向詩なりき。今ことごとく散佚す。自らの記憶にあるものすら數へて僅に十指に足らず。然も、些の憾なし。寧ろこれを喜ぶ。後、志を詩歌に斷てりとは非ざりしも、われは無才にして且つは精進の念にさへ乏しく、自ら省みて深くこれを愧づるのあまり遂には人に示さずなりぬ。但、殉情の人は歌ふことにこそ纔に慰めはあれ、譬へば、かの病劇しき者の呻くことによりて僅にその病苦を洩すが如し。されば哀傷の到るものある每にわれは恒に私に歌うて身をなぐさめぬ。又譬へば獵矢を負へる獸の森深く逃れ來りて、世を惡み人を厭ひて然も己が命を愛するの念はいや募り、己が口もて己が創痍を舐め癒さんと努むるが如し。
世には强記にして好事の士もあるものなり。面榮ゆくもわがかの詩作を今更に語り出でて、時にはこれを編みて册子とせよなど勸むる友さへあり。されど誰かは、未熟にして早く地に墜ちたる果實を拾ひて客の爲めに饗宴の卓上に盛らんや。乃ち篤くこれを謝するのみなりき。この機にのぞみてわれは改めてかかる人人に乞はん。わが舊き詩歌は悉くこれを忘れたまへ。少しく言葉を弄ばんか、今日のものとても同じく然したまへ。然らば今この集を敢て世に問ふの故は如何。曰く米鹽に代へんとす。曰く春服を求めんとす。否、われは口籠ることなくして言ふべし。聽き給へ、われ今日人生の途なかばにして愛戀の小暗き森かげに到り、わが思ひは轉た落莫たり。わが胸は輞の下に碎かれたる薔薇の如く呻く。心中の事、眼中の淚、意中の人。兒女の情われに極まりては偶成の詩歌乃ちまた多少あり。げに事に依りてわが身には切なくもあるかな、わがこの歌。然れども旣に世に問はん心なければ、わが息吹なるわが調べはいつしかに世の好尙と相去れるをいかにせん。われは古風なる笛をとり出でていま路のべに來り哀歌す。節古びて心をさなくただに笑止なるわが笛の音に慌しき行路の人いかで泣くべしやは。たとひわが目には水流るるとも、知らず、幾人かありて之に耳を假し、しばしそが步みを停むるやいかに。
嗟吁、わが嗚咽は洩れて人の爲めに聞かれぬ。われは情癡の徒と呼ばるるとも今はた是非なし。
大正十年四月十三日
佐藤春夫
同心草
不結同心人
空結同心草
薜濤
水邊月夜の歌
せつなき戀をするゆゑに
月かげさむく身にぞ沁む。
もののあはれを知るゆゑに
水のひかりぞなげかるる。
身をうたかたとおもふとも
うたかたならじわが思ひ。
げにいやしかるわれながら
うれひは淸し、君ゆゑに。
或るとき人に與へて
片こひの身にしあらねど
わが得しはただこころ妻
こころ妻こころにいだき
いねがてのわが冬の夜ぞ。
うつつよりはかなしうつつ
ゆめよりもおそろしき夢。
こころ妻ひとにだかせて
身も靈もをののきふるひ
冬の夜のわがひとり寢ぞ。
また或るとき人に與へて
しんじつふかき戀あらば
わかれのこころな忘れそ、
おつるなみだはただ祕めよ、
ほのかなるこそ吐息なれ、
數ならぬ身といふなかれ、
ひるはひるゆゑわするとも
ねざめの夜半におもへかし。
海邊の戀
こぼれ松葉をかきあつめ
をとめのごとき君なりき。
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごときわれなりき。
わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み、
入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。
斷章
さまよひくれば秋ぐさの
一つのこりて咲きにけり、
おもかげ見えてなつかしく
手折ればくるし、花ちりぬ。
琴うた
吹く風に消息をだにつけばやと思
へどもよしなき野べに落ちもこそ
すれ 梁塵祕抄
かくまでふかき戀慕とは
わが身ながらに知らざりき、
日をふるままにいやまさる
みれんを何にかよはせむ。
...
Sitemize Üyelik ÜCRETSİZDİR!